山奥の美術館_25枚



サイクリングの道すがら南国市白木谷の山中を道なりに進む。

道路は笹ノ川という渓流に沿って伸びていて、ほとんど分岐がない。時折路面が荒れていたり、急に道幅が細くなったりするが、それ以外はよく舗装されていて走りやすい。ましてや自分のようにクロスバイクで登るのであれば、まず不自由することはない。

市街地から10分も離れていないにもかかわらず、はやくも森はうっそうとして、上流らしい岩の眺めが見えてきた。

途中道脇に朽ち果てたバス停が見えると、なんだかものすごく遠いところに来たような感じがして、すこしそぞろになる。






30分も走ったところで、少し開けたところにでた。道中よりもずっと多くの民家が見えて、集落に来たとわかる。

右手にいかにも役所風なコンクリートの建造物が見えた。はじめは役所かと思ったが、正面の看板には「武内光仁アトリエ」と書いてあった。人の気配はない。

その向かいの建物には独創的な看板の上で「白木谷国際現代美術館」の文字が躍っていた。




美術館のほうは入り口が少し開いていて、なんとなく人の気配がある、ような気がする。

店を畳んだ老人が、そこをそのまま終の棲家にしてひっそりと老後を過ごす。看板を外すのにもお金が要るから、それもそのままになっている。

過疎地ではよく目にする光景だが、ここもそうなのかもしれない。

だとしたら、この美術館のことはあまり詮索しないほうがいいだろう。しかし、山中で見つけた不思議な美術館に惹かれる思いも堪えがたかった。

半端に開かれた入り口から、そっと中を伺う。きれいに磨かれた床が見える。人がいるような、いないような気がする。

こんなことをしていても仕方がない。声をかけてみる。

「すみません」

すると、中から慌てた様子で老婦人が出てきた。

やはりここはもう閉めていて、来ないはずの来客に困惑しているのか。そうなのであれば、私は突然住居に押し入ろうとする不届き者ということになりはしないか…

「すみません。もうここはやっていないんでしょうか」

こちらも慌てて、取り繕うように聞いてみる。

老婦人は少し変な顔をした。

「やっていますよ」

老婦人、改め管理人、はすこし機嫌を損ねた様子で館内へ招き入れてくれた。




エントランスは喫茶店のような作りになっていた。

観覧を終えた客にコーヒーをふるまう喫茶室を兼ねているとのことで、食べ物は自由に持ち込んでよいとの案内を受ける。

壁も床もテーブルも艶やかにニスで仕上げられていて、大きな窓からの眺めも気持ちがいい。山奥にこんな素敵な建物があるなんて…

管理人は私の激賞を聞いてすっかり気分を良くしたのか、かろやかな足取りで私を展示室への入口へ案内してくれた。

「どうぞ、行ってらっしゃいませ」

そういって開かれた扉も、不思議な彫刻が施されていて、一見してアート作品だとわかる。




多数の木材とレーザーディスクを組み合わせた立体制作。 いきなりスケールの大きな作品が出てきたので本当に驚いた。










美術館の目玉展示物である「太陽の涙」

30分ごとに放水するから、うまくタイミングを合わせて見てほしいと管理人から言われていたが、自分が来た時にちょうど放水していた。




「太陽の涙」の手前には、作業用の仮設橋が架けてあった。

あとで管理人に聞いたところ、本当はしっかりした橋を架けたいのだけれど、重機の搬入に不都合があってなかなか実現できていないのだという。












屋外展示場でヤマモモがなっているのを見つけた。

そのことを管理人に伝えると「本当はこんなものじゃないの」と、悲しそうな面持ちで語りはじめた。

敷地内にはヤマモモだけでなく、ソルダム(すももの品種)の木をたくさん植えていて、夏になるとそれが鈴なりの実をつけて、落ちてくる。潰れたすももが屋外展示場を真っ赤に染めて、極彩色のすごい景色になる。

もちろんそんなのはもったいないので、時期が来れば、近所の小学校の子供にたくさんすももを取らせてやるのだという。

それが今年になってはまるで実がならない。虫も鳥も見えない。それが何かの凶兆のように思えて怖いのだと。

「ほんとうはあなたにも取って食べさせてあげたかったのに」

ぜひとも貰いたかった。












屋内展示されていた青い家屋は、石原慎太郎先生とのゆかりのある作品らしい。

短い期間ながら東京都庁に展示されていたこともあるようだ。








順路の最後のあたりでようやくこの美術館のオーナーが「武内光仁」先生であることを知る。

思えば、美術館の向かいにあった建物には「武内光仁アトリエ」と書いてあった。あそこもこの美術館の敷地ということか。




ひとしきりの観覧を終えて戻ってくると、管理人がコーヒーを淹れてくれた。

そこからはいろんな話を聞いた。

管理人が、美術館オーナーの奥様であること

オーナーは芸術家で、展示作品はほとんどオーナーのものであること(これは最初に教えてほしかった)

夫婦でがんばって美術館を建てたこと

療養中の夫に代わって美術館を切り盛りしていること

ほかにもいろいろ他愛のない話をした。

次第に日が傾いてきた。

街灯もまともにないような山道は、入り日になると本当に暗い。

これ以上長居すると暗くて帰れなくなってしまう。そう断って、私は帰りの支度をはじめた。

山の中でひとり美術館を切り盛りするのはさみしいのか。あるいは単に退屈だったのか。管理人は名残惜しいような顔をして「安全にお帰りになってください」と、しきりに声をかけてくれた。

「また来ますから」

そう約束して、美術館を後にした。





施設情報

白木谷国際現代美術館
所在地 : 〒783-0058 高知県南国市白木谷36
営業時間: 10:00~17:00
定休日 : 火、木
入館料 : 550円
サイト : http://shirakidani.jpn.cx/


※内観も所在地も Googleのナレッジ(データベース)を見るのがわかりやすいです。
※正連寺から重倉笠ノ川線を通ってくるルートもありますが、道が険しく、非常に危険です。必ず、南国市から笠ノ川沿いを行くルートをとってください。